旧石器時代とは?
 
   
   

旧石器時代とは人類が類 人猿から進化し、道具を製作?使用しながら、狩獵や漁撈などの採集經濟生活を営んだ時代を指す。この時代の道具は、石を打ちかいたり、はいだりしてつくった打製石器が主流になっており、一般的に打製石器の形や種類・加工技術によって、前期(人類の出現時期〜12万年前)、中期(12万年〜4万年前)、後期(4万年〜1万年前)に区分される。

前期には礫器類(片刃のチョッパー両刃のチョッピングトゥール)や握斧(ハンドアックス)、狩猟用石(Bolas)などの石核石器が使用され、主に一つの石器が多目的に使用された。

中期になると、製作技術が発達し、鋸刃線石器、押器、掻器、石錐及び彫器(graver)などが現れ、2次剥離で刃の手入れがより精巧になり、さらにルヴァロア技法(Levallois)も登場した。

後期には、石材に骨・角や固い木をあてて打ち砕く間接打法と、とがった骨や角などで押さえながら打ち砕き、2次加工する押圧剥離法が発達し、サイズも非常に小さく、洗練した形の細石器が作られるようになる。
韓国の旧石器遺跡は、その性格によって洞窟遺跡、野外遺跡、岩陰遺跡などに区分され、清原郡にはトゥルボン洞窟遺跡と小さい龍窟遺跡などがあり、旧石器時代からこの地域が生活の拠り所になっていたことを証明している。清原小魯里遺跡は野外遺跡として代表的な旧石器遺跡である。

 

  食べ物
 
     
   

この時代には採集と漁撈、狩猟などで生活を営み、その中でも採集は最も重要な生計手段であった。
採集は主に洞窟の内外で女性達が担当し、シロザ、ヨモギ、ナズナ、ワラビのような草や松の葉、長芋、クズ、サトイモ、アマドコロ、ツルニンジンのような根、マネガキ、クコの実、なつめ、栗のような実などだけでなく、草の葉や木の枝から容易に発見できる青虫や地面の中に住む虫、細川のザリガニなども採集対象であったものと考えられる。

旧石器時代の代表的な獲物は鹿であった。狩猟には主に狩猟用石や礫器、ハンドアックス、尖頭器などを利用し、集団で追い込み、狩猟した。狩猟対象はそれぞれ寒い地方と暑い地方の獣を代表するマンモスとクロサイだった。

 

 

  旧石器時代の道具と製作方法
 
   

朝鮮半島に住んでいた旧石器人は、主に打製石器や動物の骨・角で作った骨角器などを利用し、動物や魚を採って食べたり、木の実を取って食べたり、木の根を掘って食べたりして生活した。
打製石器は石を割り、使いやすくした道具である。

骨角器は、石器と共に旧石器時代から重要な道具として利用された。骨?角は石材より加工が簡単で、鋭い刃を作ることができるため、様々な道具が製作されたが、特に針?銛?尖頭器?釣り針などに多く利用された。

- 間接打法 -

- 押圧剥離法 -

- 臺石打法 -


-両極打法・-

- 直接打法 -

- サヤクチト。カシア・

間接打法
(Indirect flaking)
石材の形を整えた後、固い角・骨・木などのくさびを石材にあて、ハンマーでくさびの先を叩き、力が間接的に石材に及ぶようにし、剥片や石刃などを打ち砕く手法で、特に後期旧石器時代の石器製作に多く使用された。

押圧剥離法(pressure flaking)
先端部の尖った角・骨などを石材にあてて力を入れ、薄長い剥片や石刃を打ち砕いたり、石刃を加工する手法で、後期旧石器時代に発達した。

衝突打法(counter blow technique)
石器に作りたい原石や石核を他の石に直接打ち砕き、石器を作る手法。

石刃剝 離(blade-technique)
中期旧石器時代の末期に現れ、特に後期旧石器時代に発達した石器製作手法の一つ。整えた石核に角・骨・木などのくさびをあて、薄長い石刃の剥片を打ち砕く間接剥離の一手法

臺石打法(block on block technique)
台石に石核や原石を打ち砕き、剥片を剥がす手法で、前期旧石器時代から現れ、大きく厚い剥片を剥がしとることができる。

両極打法(bipolar technique)
台石に石核や原石をのせ、ハンマーで打ち砕く手法で、上から打ち下ろす力とぶつかる台石の力によって、剥片の上下に打ち砕くの跡が残る。

打法(side-blow technique)
長い石の横を力強く叩いて打ち砕く手法で、一般的にこのような横打法で一次剥離を行い、厚い剥片を得る。

調節剝 離(controlled flaking)
一度打ち砕いた所を再剥離する手法で、ほとんど一定の方向に剥離が行われる。

直接打法(direct percussion)
石器製作に最も多く使われる手法で、石器に作りたい石材を石ハンマー・角ハンマーなどで直接打ち砕き、剥がしとる手法で、間接剥離と対立する手法。

剥片(flake)
石核から剥がしとった破片で、手入れをせず、使用した跡がないもので、剥片には石核から打ち砕かれた時にぶつかった痕があり、剥片に瘤や瘤の跡、波模様・放射線などが観察される。


 

 

  道具の種類と使い方
 
   

握斧 : 手で握って使う斧で、狩猟や毛・皮を剥す時に使用する道具。
掻器 : 動物の皮を手入れするのに使う石器。
礫器 : 小石を一方向のみ打撃を加え、剥片が剥がしとられた面と、本来の小石の面が刃をなす石器。木を切ったり、狩猟する時に使用された。
石錐 : 穴をあけたり、生地を作る時に使用する道具。
押器 : 掻器より少し長細い剥片で作られたもの。尖端部の左右対称の刃で、木の皮などを剥がすのに効果的な道具。
槍先形尖頭器 : 剥片の両端を手入れ、鋭くしたもの。剥片で作られたもので、握斧より小型である。取っ手をつけ、槍やその他の突き刺す武器として使用された。
彫器 : 剥片や石刃の回りを細かく手入れした後、先端を強く叩き、鋭い刃を持たせた石器。精巧に刻む作業や、木に切り込みを入れる作業などに使用された。

 

 

  遺跡と遺物
 
   

忠清北道清原郡トゥルボン洞窟
[ 所在地 : 忠C北道清原郡加徳面??里シナム部落山75-1 ]

忠清北道C原郡加コ面??里にあるトゥルボンは、結晶質の石灰岩がよく発達した。1964年からの石灰岩採取でかなり破壊されていたトゥルボン遺跡を、忠北大学博物館と延世大学博物館が共同発掘した。特に忠北大は1976年〜1983年までの10回にわたる発掘で、第2窟?新窟?處女窟?興洙窟などを発掘した。

「第2窟」では火を炊いた火鉢の跡と炭、金槌、さらに皮を剥したり、肉を切るのに使用される掻器や刃器などの石器が発見された。この洞窟ではオーロックスクロサイ・ブチハイエナ・大猿など、絶滅した動物が見つかれたが、これらの動物は中期更新世の暖かい時期に生きていた動物であると推測されている。

そしてトゥルボンに人が住んでいた7階では、窟の入口の隅から157個のツツジの花粉が集中的に検出された。ツツジは酸性土壌で生息する植物で、アルカリ性土壌のトゥルボン一帯には自生的に生息することができず、これはわざと切り取って、洞窟をきれいに飾ろうとする美意識の表現行為と解釈され、またその時期が3月下旬頃という具体的な時期も明らかにしている。

延世大学博物館チームが発掘(1977〜1978)した「第9窟」では、動物の化石.骨角器.石器.芸術品などが出土された。この9窟の文化層は2つに区分され、下層の黄土層(U層)で見つかれた動物化石は絶滅種が50%を占め非常に多く、また簡単な剥片や手入れをした石器も出土された。
後期更新世に当たる上層の赤土層(T層)から出土された動物化石中、絶滅種は10種で32.3%を占めている。この層では暖かい気候を分かるライオンや猿などが見つかれた。

「新窟」はトゥルボンの頂上で新しく発見されたという意味からつけられた名前で、忠北大学博物館チームが発掘し(1980)、韓国やアジアの旧石器遺跡の中、正式な発掘としては初めてマンモス(Elephas antiquitas)の象牙(長さ62cm、直径7.6cm)が発掘され、当時の気候や文化、古動物を研究する旧石器時代の学者らの関心が寄せられる重要な資料として評価されている。

窟のすみ(約1u)で鹿の頭蓋骨13点が集中的に発見され、また同じ鹿の角を研いで作った首飾り2点が発掘されたのは、旧石器人の鹿崇拝信仰(deer cult)による呪術と私有の意味として解釈するのに重要な基準を示している。

 

 

  旧石器人の生活像
 
     
   

旧石器時代には、自然から衣食住の全てを賄いながら生活した。旧石器人は、猛獸の攻撃から自分を守り、また雨風も避けるため、ほとんど自然の洞窟を家として利用した。また川辺などにも小屋を建てて暮らし、忠清南道公州郡石帳里遺跡、咸鏡北道の東関鎮や屈浦里及び京畿道?川郡全谷里の遺跡などが残っている。

生活形態は群れをなして暮らす群れ共同体だった。この時代には家族単位で群れをなし、移動する群れ生活をし、群れの中で経験の豊富で賢い人が指導者となった。しかし、これは権力により支配することではなった。

洞窟の周辺で採集と狩猟を行い、食べ物がなくなると、新しい食糧を求め、探さないといけなかった。それで旧石器人は食べ物や季節に従い、移動生活を営んだ。

 

 

  火の使用
 
   

人類の生活に大きな役割をしたのは火の使用だった。
人類が火を使うことにより、寒さを避けることができ、火を恐れる猛獣の接近を防ぎ、体を保護することができった。

また暗い夜を明るくし、活動時間を増やすようになった。
また狩猟した肉を火で煮て食べられるようになり、人間の食生活が変化した。

火で食べ物を料理するようになると、以前には食べられなかったものも食べられるようになり、消化もよくなり、人間の体はさらによくなった。また煮た物は、生で食べるより頭脳の発達を促した。